代表者プロフィール
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森田 由樹子(もりた・ゆきこ)
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| 1961年 | 北海道札幌市生まれ |
| 1984年 | 北海道大学文学部言語学専攻課程卒業 |
| 1984年 | 読売新聞社入社 〜秋田支局、東京本社経済部、東京本社広告企画開発部などに22年勤務 |
| 2006年 5月 |
早期退職制度で退職、富山へ。 |
| 2006年 6月 |
とやま起業未来塾2期生として入塾。 |
| 2007年 9月 |
富山市公募提案型モデルツアー「八尾ツアー」実施。 |
| 2008年 2月 |
「株式会社エコロの森」として創業。 |
| 2008年 4月 |
第3種旅行業登録。 |
「エコロの森」代表者からのご挨拶
こんにちは!「エコロの森」代表、森田由樹子です。富山の小さな旅行会社として起業いたしました。どうぞよろしくお願いします。
東京で新聞記者として働いていた私が、早期退職→旅行業起業という大転換を目指したのが2006年春です。東京から富山市へ移住し、すぐに「とやま起業未来塾」に入塾。私が「これこそ私がやりたいこと」と思ったのが、富山県を舞台にしたエコツアーでした。
私と旅行
わたしは、大学卒業後の84年に、新聞社に入社しました。当時、女性記者はまた珍しい存在でしたが、男女が同じように働ける職場は魅力的でした。
秋田支局への赴任から始まった記者生活はほんとうにハードで、86年に東京本社の経済部に来てからというものの、午前0時前に帰宅することなどめったに
ありませんでした。当時、『私生活を大切にしようとする人は経済部にいらない』とすらいわれており、新聞記者に私生活を大切にする余裕はまったくありませんでした。とはいえ、若いころは仕事に夢中になるもの。苦にはなりませんでした。
たまの休暇に友人と海外旅行に行くのが、忙しい中での楽しみ。若かったので苦痛ではありませんでした。
子育てと旅行
そんな生活ががらりと変わったのは、93年に双子の男の子を出産してから。子育てと仕事の両立のため、夜勤のない職場に異動させてもらいました。
それが、週1回発行の求人媒体「ぴーぷる」(首都圏でのみ配布)のセクションでした。
この異動が、私の「旅熱」を燃やし、さらに「子どもと一緒にでかける」楽しみもあって、あちこち旅行をするきっかけになったのです。
子どもが双子だったことから、「パソコン通信」でふたごの会に入り、全国の双子の親たちと交流を深めました。「双子オフ」といって、双子を連れて滋賀だの千葉だのあちこち旅行しました。当時、夫は社会部記者だったのでほとんど家にいなくて、子どもを連れてどこかに行くのはすべて自分だけ。一人で二人の子どもを連れて電車にのってどこへでもいきました。
一方、仕事でも、女性読者対象に「体験型企画旅行」をプランニングし、実施し、同行して記事も書く経験をいたしました。これは本当に、良い経験になりました。私のなかで「おもしろい旅行とは」のイメージが固まったのはこのころでしょう。
またこの経験のお陰で、財団法人日本交通公社の実施する視察などに参加する機会にも恵まれ、全国の「地域おこしの現場」「ツアー作りの現場」を見ることができました。旅行関係者と多くの交流ができたのも、この仕事のお陰です。
エコツアーへの関心
子どもたちもだんだん大きくなってくると、いろいろな経験を積ませたくなってきます。私は北海道生まれで雪とともに育ってきましたので、子供達も3歳から毎年必ず、友達家族といっしょにスキーにつれて行きました。
ほかにもラフティンング、カヌー、スノーシュー、御蔵島でのドルフィンスイム(シュノーケリング)など、本当にいろんなことを子供たちと一緒にしました。こうしたさまざまな旅の経験(主に国内旅行)を重ねるうちに、エコツアーというものに興味を持つようになりました。屋久島、白神山地、知床、御蔵島、沖縄などさまざまなエコツアーサイトで、いりろなエコツアーを体験し、ガイドツアーの面白さを知り、また学びと環境保全につながる新しい旅のスタイルに感銘を受けました。
富山の魅力に出会って
そんな私が、未知の土地、富山に移住し、まず驚いたのが豊かな自然をはじめとする、まざまな可能性と魅力でした。この土地で、多くの人と人をつなぐ仕事をしたい。旅と環境保全と、人の出会いと、地域の活性化。それができたらと思って、この仕事をする決意をいたしました。豊かな自然のなかでの体験は、豊かな感性をはぐくみ、自然への深い感謝の気持ちをもたらします。
あちこち駆け回って、いろいろな人と出会い、いろいろな宝物を発見いたしました。
どうぞ、私と一緒に、楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
